2026年1月27日火曜日

妖怪の孫

映画「妖怪の孫」(内山雄人監督)をネット鑑賞。企画は「家族の国」や「新聞記者」を制作したスターサンズ(河村光庸)。
安倍晋三の生い立ちを丁寧に追うことで、彼の言動が何を拠り所にしていたのかが見えてくる興味深い映画。父、晋太郎との政治的志向の違いなど、初めて知る内容も多くあった。後半の財務局職員の覆面インタビューでは、彼らが「法を無視した官邸からの指示に辟易した」としながらも、もし公文書を改ざんする立場になれば「単なる文書改訂と思い込んでやるしかない」と答えるあたり、この社会の歪みを感じつつも、一方では正義だけでは語れない部分があまりにも大きいことを実感。

さて、この安倍晋三を継承する高市内閣によって800億円かけて”国民置き去り総選挙”が始まりました。この国の行く末を見守りたいと思います。






2026年1月24日土曜日

”愚か”な事は最初から決定していたことなのか

 就職氷河期と言われた時代から既に30年。経済成長は止まり、賃金は上がらず、物価は高騰し、6人に一人が貧困となり、中小企業の倒産数は過去最高となり、自殺者は年間2万人を超えている。少子化が進む中で昨年の18歳以下の自殺者数は過去最高となった。何かがおかしいと感じ始めたのは随分と前のことだが、この国はこのままずるずると滅びの方向に進んでいくのだろうか。為政者は批判の目を逸らすために”敵”を作る。常套手段である。外と内に”敵”を作り憎悪と不安を煽る。不満の積もった市民は威勢の良い言葉に煽られ、その矛先を権力者ではなく弱者に向けていく。内の”敵”となるのは必ず弱者であり、言語や文化の違うこの国で生活する絶対的少数の外国人であり、また低所得者、生活保護受給者など社会的に不利な立場や不利益な状況に置かれている人々である。私たちの社会は弱者を救済することができる社会ではなかったのか。

いったい私たちは歴史から何を学んできたのだろうか。
それとも、私たちが”愚か”な事は最初から決定していたことなのか。

そしてこの状況に直面した表現者には為す術があるのだろうか。
答えは作り続ける以外にはないだろう。

飛騨市美術館の展示に合わせて作成した「百羽の鳥」という映像作品がある。これは飛騨の地域の子どもや施設の方に描いてもらった鳥の絵を私がアニメーションとして組み立てたものである。様々な姿の鳥たちが共に飛び続ける姿から”対立”や”争い”を感じる人はいないだろう。ましてここには憎悪を煽るものなど一つも存在しない。”共に生きる”とは何か、大きな想像力をもって考えて欲しいと切に願う。