2023年11月3日金曜日

第18回 札幌国際短編映画祭

 第18回 札幌国際短編映画祭、インターナショナル・コンペティション、ジャパン・プレミア・プログラムにおいて、「カワウソ」が選出されました。7年ぶりの映画祭、大変楽しみです。深く感謝。

2023年10月23日月曜日

メディウム

パレスチナ出身のイラストレーター、ナージー・アル・アリーの作品を見ていると、パレスチナを含むアラブ世界が西側によって何をどのように収奪され続けてきたのか、私たち日本人にでさえその苦しみの一部を知ることができるように思える。”メディウム”が本来の意味の通り不在のものと私たちを結びつける力があるとするならば、それは彼の作品のようなものを指すのかも知れない。時に”イメージ”は複雑に歪んで見え難いものを真摯に伝え、言葉以上に強く語りかける力をもっている。

「A child in palestine

(Nājī Salīm al-'Alī、1938 - 1987)


2023年10月21日土曜日

イェーテボリ・プリズマ映画祭

スウェーデンのイェーテボリ・プリズマ映画祭で、「Vita Lakamaya」の上映が予定されている。日本のショートアニメーションを特集する子供向けのプログラムのようだが、「Vita Lakamaya」はもう7年前の作品、にも関わらず上映希望を連絡してくる映画祭があることに感謝したい。上映は10月28、29日。

Göteborg Film Festival Prisma


2023年8月5日土曜日

伝承の意味

7月23日、常磐線を乗り継ぎ福島県双葉町へ。双葉駅前で郡山に住む友人W氏と合流し、彼の車で”福島原発事故伝承館”へ向かう。(双葉町は現在も帰還困難区域であり、除染済みの一部区域を除き長時間の立ち入りは制限されている。駅前は3年前と比べ更地が増えており、印象的だった半壊の寺の本堂も姿を消していた。)

スロープにある写真パネル

”福島原発事故伝承館”のロビーは思った以上に広く圧迫感のない快適な空間となっており、丁寧な対応受付に促され入場料600円のチケットを購入する。展示は1階の大型スクリーンでの福島原発の歴史映像から始まるが、6画面をうまく切り替えながら表示される映像編集のせいなのか、被災地や避難民の人々が映し出されても何か小洒落た”別のもの”を見ているような奇妙な感覚になる。映像が終われば螺旋状のスロープで上階の展示室へ向かい、その途中で再びパネル写真で福島原発の歴史を復習する。メインの2階展示空間はやや繁雑さを感じたが、様々な資料や映像、原発のジオラマ等が並び、事故当初の状況を詳しく理解できる内容になっていた。館のスタッフの補足説明も良い。(多分良いのだろう、あまり聴いていなかったのだがそんな気がする)展示スペースを抜け、3階テラスで芝生と海のコントラストを眺めながらずっと感じていた違和感について考えてみた。ここで原発事故の当時の状況を理解することは十分できる。しかし、わずか3Kmしか離れていない場所で今もなお”事故が継続”している現実の危機感を肌で感じることが全くできないのは何故なのだろう。展示では原発の現状を説明する箇所があるにも関わらずだ。ここでは何かが欠如しているのではないか。森達也の「歴史を知ること、後ろめたさを引きずること、自分の加害性を忘れないこと」そんな言葉を思い出す。

おそらくはこの”福島原発事故伝承館”には”後ろめたさ”が無く、”加害者意識”が無く、「私はあの事故と全く関わりがありません」そう言っている場所から原発事故を眺める装置になっているのではないか。ある視点から過去へ向けたパースペクティブの中に収まる物しか見えない、遠近法主義的な、すでに過ぎ去った、終わったとする物を見るための装置になっている。


”福島イノベーション・コースト構想”、それがこの福島原発事故伝承館を企画したプロジェクトの名前である。それは様々な民間企業や第三セクターが国の補助金によって技術開発を行う巨大な事業複合体となっている。被災地復興に国が尽力するのは当然のことだが、これは事故における責任も被災者への配慮も不十分なまま進んでしまった一例なのではないか。ここを訪れた人は自分が”加害者”の一人である事を想像することはできないだろう。

浪江町請戸浜


2023年7月21日金曜日

On the Silver Globe

この映画を観たのはいつのことだったか。当時の自分にとってポーランドという馴染みのない国のせいだったのか、そこに映し出される映像を遠い地の果てで起きていることのようにぼんやりと観ていたように記憶している。それでも強烈な印象が残ったのは事実であり、それが果たして何だったのか再調の目的も含めて30数年ぶりにこの映画を観ることにした。が、やはり私の理解が十分に及ぶものではない事を再確認する結果となる。 それでも禍々しくも耽美であり、暴力とエロスが跋扈する世界は、映像の魔力とでも言うべき力を遺憾なく発揮していることは間違いなく、初見の時と変わらずそれを新鮮に感じる事ができたのは嬉しい誤算であった。登場人物の姿形、台詞、揺れる画面、それらが風景の中で混濁し蠢いている。それを(なす術なく)受け止めていくのは”眼”だけであり、陳腐化した言葉は置き去りにされ、映像世界にのめり込むように突き進んで行くばかりだった。そして観終わった後、残骸のような映像のかけらからは様々なイメージが立ち上ってくるのだった。

アンジェイ・ズラウスキー監督”シルバー・グローブ”(1987)

現在では、キーワードを検索すれば、幾らかの情報を得ることができ、その対象について理解を増すことはできるだろう。制作の背景を知ることは当然重要なことであり、ソ連崩壊以前のポーランドであれば尚更かもしれない。しかし思うに、それらは”映像の力”とほぼ無関係なものなのではないだろうか。

日々私たちは様々な事柄を”わかること”、正確に言えば”わかったと思えること”へ変換し続ける社会に生きている。それは”わからないこと”をそのままにしておくことが許されない社会なのかも知れない。物語の展開が”わかる”、登場人物の心情が”わかる”、作品のテーマが”わかる”、それは共感のため、そして共感は”市場のため”、、、であろうか。故に”わからないもの”はそこから排除され、常に説明過剰なもので満たされ続けている。


そんな社会で暮らすわたしたちは想像力を十分働かせる時間がどれほどあるだろう、日々の生活の中で直感に頼って決断、行動する機会は果たしてどれほどあるだろう? 誰もが”皆が好むもの”、”皆がわかるもの” に埋没してはいまいか?

こんな映画を観てしまうとそう思わざるを得ないのだ。

2023年1月2日月曜日

ウサギの跳躍

20代の頃、Macintoshのハイパーカードを使って、ウサギの絵をクリックするとランダムに様々な方向にウサギが飛び跳ねるというインタラクティブアニメーションを作ったことがある。ウサギが飛び跳ねる方向は人には予測できないという話から思い付いたように記憶しているが、今にして思えばアイディアをすぐに具現化できるツールに夢中になっていた時期でもあった。現代においてはスマホ一つあれば、大体のことは事足りる。と言うのは言い過ぎかもしれないが、小さなコンピューターを持ち歩いていることに違いはない。

この先もテクノロジーは人の欲望が尽きない限り進化していくのだろうか。しかし、果たしてそのテクノロジーの力によってわたしたちはどれだけ幸せになったのだろう。”便利”=”幸せ”という図式は単純な思い込みでしかなく、その思い込みによって逆にわたしたちの生活は”見えない不自由”を強いられてきているようにも見える。

これまで様々な問題をテクノロジーの力のみで解決しようとした結果生まれた歪みが、大きな負荷となってわたし達に戻ってきているのだろう。

2022年11月25日金曜日

1★9★3★7

「1★9★3★7」(辺見庸著)読了。
この列島の歴史の川底にはドス黒い泥が幾重にも堆積しているのか、"今"私たちが立っているのはその泥の遥か上を流れる上澄のような水面であり、私たちは長きに渡り川底の泥を搔き上げる事も、触れる事も、まして見る事もせぬまま過ごしてきたのかもしれない。
もし、ここに屈み込み水中に手を差し込みぐるぐると掻き回せば、川底の黒い泥は少しは巻き上がるのだろうか。

タイトル「1★9★3★7」はイクミナと読む。”皆で行く”である。今現在もイクミナは続いており、私たちは未だにそれに抗う術を知らないままである。

装画は山下清「観兵式」1937年の作品



2022年5月28日土曜日

種をまく

近年、メディア報道が大きく偏っているように思えてならない。それは今年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻報道で更に顕著になったように見える。各新聞社とTV局とのつながり、そこにあるスポンサー企業を考えれば何らかのバイアスがかかるのは理解できるが、ここ数年の間に多くのマスメディアが一方向だけを向いているように思えてならない。かつてのNHK会長が「政府が『右』と言うものを『左』と言うわけにはいかない」と発言し物議を醸したのはまだ記憶に新しいが、コロナ報道では連日感染者数(陽性者数)の発表を繰り返すことを中心に据え、”医療崩壊”を声高に叫びながらも、その理由を正確に説明するメディアは非常に少なかったように思う。まるで不安を煽る事が目的のように思えなくもないが、実際コロナ禍でTVの視聴率は跳ね上がっており、不安が拡がればそれだけTVに目が向くようになるのは理の当然だろう。そもそも多くの市民が、与えられる情報に疑いを持つこと自体が無いのかもしれないが、77年前の大本営発表を鵜呑みにしていた時代と同様になってしまってはいけないだろう。
そしてウクライナである。日本中のメデイアが西側の報道に追従する形で発信している。フリーのジャーナリストの肩書を持つ人々も同様に見える。(唯一、IWJが他社とは異なる報道をしている)わたし自身、ウクライナやロシアの歴史について詳しい訳ではない、それでも何が起きているのか調べていけば様々な映像や資料を目にすることはできる。ネット上では他国のフリージャーナリストの取材映像を見ることもできる。何が正しい情報なのか判断することは難しいが、それ故に簡単に結論を出せるものではないだろう。いまのこの国を俯瞰して見えるのは、単純な勧善懲悪の構図の世界を信じることで自らを安心させたい人々ではないだろうか。そして、紛争をそのような単純な構造に陥れることで、大衆を扇動しようとする者たちではないだろうか。

重田園江氏がベラルーシ出身の映画監督セルゲイ・ロズニツァに触れ、次のように述べている記事がある。
「芸術家は、ハンナ・アーレントがエッセー「真理と政治」において示した、真理を告げる者である。政治は権力者によるうそをばらまくことで、大衆を操作し動員してきた。これに対し、芸術家は政治の外に立って、人びとが真理とうそを区別するための種をまく。政治がコスモポリタンたる芸術家を排除し、うそと真理を自在に作り変えるなら、真理はこの世界から消え去るだろう。後に残るのは政治的意見の相違だけだ。」

”芸術”(という言葉が)が近代に生まれたのは、一つにはそれが反権威を動機とした所以もあるだろう。ならば表現者は権力者のうそを疑うきっかけとなる種をまいていくことが責務の一つと言えまいか。
アニメーション「カワウソ」制作中
               


2022年1月5日水曜日

2022



伊藤若冲の「虎図」を拝借。若冲は李公麟の「猛虎図」を拝借。

2021年10月29日金曜日

石井妙子著「魂を撮ろう」

  映画「MINAMATA」を観た後、石井妙子著「魂を撮ろう」を読む。改めてチッソの歴史と水俣病について簡単にまとめておく。(ユージン・スミスについては別の機会で書きたいと思う)

水俣病の歴史は大きく二つの時代に分けることができるのではないか。
1 ”奇病“として発症が記録される1940年代から病名が”水俣病”として認定される1957年を経て、原因がチッソ工場の廃水(有機水銀)によるものだと断定される1968年まで。
2 1968年前後から、特に1973年の熊本地裁判決を契機に”水俣病”患者とその家族がチッソと国に対する数々の訴訟を起こし、その責任と保証を求めている現在まで。(水俣病認定問題を含む)

この60年以上に渡る時間を見れば、”水俣病”をめぐる問題は単に高度成長期における公害問題に収まる話ではないということがわかる。チッソの歴史は明治40年の”日本カーバイド商会”から始まるが、水俣工場が誕生するのは大正7年(1918年)であり(当時はカーバイドを原料とする化学肥料を生産)、第一次世界大戦による戦争特需を経て、1920年代以降には朝鮮半島に東アジア最大の水豊(スブン)ダムを建設し多くの化学工場を持っていた。チッソは太平洋戦争敗戦まで日本の国力を担う重要な企業の一つとして存在しており、戦後は経済成長を目指す政府の後ろ盾の下で躍進したといえる。特に1960年に始まる池田内閣の「所得倍増計画」の下、重化学業は大きく発展しプラスチックの量産が始まり、さらに1964年に東京オリンピックが開催、日本のOECD参加など、一気に経済大国へと成長しつつある時代にあった。そんな最中、政府が水俣病を「公害病」として認めるのは1968年(佐藤内閣)になってからである。明治以降から現在に至るまでのこの国の歴史に、チッソはぴったりと重なっているのである。

この国が求めた「豊さ」とは果たして何であったろうか、近代化を迎え生産性と合理性を優先した結果、誰かが常に”犠牲”になることを許してしまう社会を作ってしまったのではないか。確かにこの社会構造自体が”犠牲”を見えにくくしている部分もあるだろう。そして意図的に隠蔽された”犠牲”もあるだろう、しかし私たちは本当に知らなかったのだろうか、目先の「豊さ」だけを見ることで知らないふりを続けてきたとは言えないか。
社会のルール、システムを作るのは、政治やテクノロジーの力と言えるだろう。それらを動かすきっかけとなるのは人の理念であり、そこに働きかけることができるのが芸術や文化の力なのではないだろうか。為政者や企業を糾弾することは重要な事ではある、しかしそれだけでは”犠牲のシステム”を変えることはできないのではないか。

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映画「MINAMATA」について、事実と異なる内容故に批判している意見を散見する。確かに事実と比べれば疑問に感じる点は多く、見終わった後にすっきりしない部分も残るのは確かだ。それでも自分はこの映画をその点だけで批判する必要は無いと思っている。映画は虚構で良いのだ、映画の目的は一つでないのだから。